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News2017年3月

2017.03.23:お知らせ知りたい

戦後70年によみがえった海軍赤飯缶詰。 [迷路のまちの見どころ100選 Vol.5]

「土壁の美術館」と称して使われているMeiPAM2のアートギャラリーの建物は、元は醤油屋さんの倉庫。古い資料を見るとかつてこの近辺は海で、船への荷揚げ荷下ろしをしやすいような倉庫だったようです。ここをきれいにする際に置いてあった古民具とともに発見されたのが、昭和19年に製造された海軍の赤飯缶詰17缶。ラベルをみると広島県の尾道の工場でつくられたものとわかります。湯銭したあと開けてみたら、いますぐ食べられそうなおいしそうな赤飯がよみがえりました。戦時の製缶技術の高さに感心するばかりです。

2017.03.23:お知らせ知りたい

どれだけの醤油がここに搾られたのでしょう。 [迷路のまちの見どころ100選 Vol.4]

セトノウチ「島モノ家」でいまも健在な井戸の水が流れる先に、この大きな石盤がどんと据えられています。いまは、子供たちが水遊びできる場所にあり、夏に限らず格好の遊び場。実はこの石盤、かつては小豆島にあった醤油蔵で搾られた醤油が出てくるところを受け止める土台として使われていました。真ん中にある四角い凹みは上の機械を留める部分でしょうか。小豆島の主要産業のまさに「遺石」。たくさんの醤油がこの溝にたまり、伝わって集められ届けられたことと思います。

2017.03.20:お知らせ知りたい

大庄屋の屋敷跡に、ずっといる。 [迷路のまちの見どころ100選 Vol.3]

セトノウチはもともと古民家の棟があったところ。その面影を残すのは正面の土蔵だけでなく、なんとも親しみのわくこの「布袋(ほてい)さん」。布袋さんは商売繁盛をかなえてくれる神様です。よくよく調べてみたら、ここは昔、大庄屋(地方財政を司る役人)の屋敷があったところだったそうで、なるほど納得。明治・大正・昭和・平成と、時代の移り変わりをずっとここで見てきた布袋さん。栄える町の象徴として、これからもずっとここにいることでしょう。セトノウチにお越しの際はぜひ拝顔してみてくださいね。

2017.03.17:お知らせ知りたい

明治時代のファッションストリート。 [迷路のまちの見どころ100選 Vol.2]

MeiPAM1がある場所には、写真のようにこんなに大きな呉服屋さんがありました。その明治時代の名残ともいえるのが、いまはギャラリーとショップになっている3階建ての蔵。当時こんな大きな蔵を構えていたし、前の通りにはバスが走っていました。だから、いまは細いけど「中央通り」という名前がついています。通り沿いには老舗の呉服屋さん、和菓子屋さん、大きな靴屋さんもあり、三重塔もある西光寺につづいているので、いわばここは小豆島の「表参道」。今も昔もおしゃれなファッションストリートなのです。

2017.03.17:お知らせ知りたい

迷路の塔は、大きな地図だった。 [迷路のまちの見どころ100選 Vol.1]

この鉄塔「HEISEI MAZE SPIRALは、高松で鉄工所もやっているアーティス・槇塚登さんの作品で、MeiPAMのシンボルともいえるアートサイト。幾何学的にみえる模様は、実はこの近辺の地図を「迷路みたいに」デザインしているのです。よくみると、大通りや三叉路、MeiPAMの1~3もちゃんとあります。結婚の記念にこの鉄塔の前で撮影したカップルもいますよ。横には立派なオリーブの樹もあって、思わず撮影したくなる堂々たるたたずまいです!町めぐりをした後に、見上げてみると「なるほど!」となることうけ合いです。

2017.03.16:お知らせ知りたい

【迷路のまちの見どころ100選】はじめます。

「迷路のまちやMeiPAMのサプライズな魅力を、もっとどんどんお見せしていこう!」そんな想いで、これから見どころを次々とご紹介していきます。「目撃したい!」とフツフツとハートが沸いてきたら、どうぞ確かめにいらしてください。

vol.1 迷路の塔は、大きな地図だった。

vol.2 明治時代のファッションストリート。

vol.3 大庄屋の屋敷跡に、ずっといる。

vol.4 どれだけの醤油がここに絞られたのでしょう。

vol.5 戦後70年によみがえった海軍赤飯缶詰。

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